いちおう弁護士のゴーです。
早いもので今年もあと362日ですね(・∀・)
悲しいニュースからのスタートですが、元旦の地震では遠い親戚が被災しました。
本当に5メートルの津波がきたそうです。1階部分が津波で全部やられて、避難先での生活を強いられている。津波や地震のことを考えると、気持ちが沈んでしまう方も多いと思いますが、私もその一人です(-_-;)
3.11のとき、私は直接被災してはいないのですが、原発の事故によって、自分のふるさとが消滅するかもしれないと戦慄し、その感覚はハッキリと覚えています。郷土愛が強烈に呼び起こされたのでしょう(・ω・)
今回、近い親戚は居ないのですが、命を落とされた方々、そのご家族はもちろん、避難生活が続く多くの方々がお気の毒でなりません。そのような見ず知らずの他人を心配してしまう気持ちはどこから来るのでしょう(?_?)
私は弁護士ですが、「人権」が侵害されているから、「生存権」が脅かされているから、そのような気持ちが湧くとは流石に考えていません。素朴な同情心です。被災者と「同」じ感「情」を(不完全ながらも)どうしても抱いてしまうということです。
なぜ、同じ感情を抱いてしまうのか。それは同じ日本人だから、胸が苦しくなるほど同情してしまうのです。外国が被災地の場合に感じるヒューマニズムとはかなり異なるものだと、改めて思います。
この素朴に湧き上がる同情心にも、やはりナショナリズムが背景にあり、ただ、相手が外国勢力はなく自然災害なので、いちいち意識しないだけです。サッカーの試合や戦争のときだけナショナリズムが発揮されてるわけではないはずです。
そうすると、被災地に同情心を抱いている人は、好むと好まざるとにかかわらず全員ナショナリストのはずなのです。天皇陛下(当時)の東日本大震災の時のビデオメッセージに深く頷かない人は居なかったと思います。本当はあんたもナショナリストなんだよ(・∀・)
「被災者のこれからの苦難の日々を,私たち皆が,様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく,身体を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう,また,国民一人びとりが,被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ,被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。」(3.11での天皇陛下(当時)のビデオメッセージ)
何度読んでも配慮に配慮が行き届いた文章です。有り難すぎて涙がこぼれます。でも私の様な遠いところに居る人間は、この文章を読み返しながら、涙をふいて、落ち込みすぎず、楽しい一年にしないとダメですよ!
自分に言ってる(-_-;)
今年は、男系継承に拘っている勢力を弱体化させ、多くの国会議員が自分の面子などよりナショナリズムに素直になって、国体護持に関する政策が良い方向に前進するよう、微力を尽くすぜい(・∀・)!